「何者かになる」の意味について考えた

 

 

ぽかべです。こんにちは。

 

今日、テレビをなんとなく見ていたら「何者かになろうとする」という

言葉が耳に飛び込んできました。

 

 

前々から、じぶんも「何者かにならないといけないんじゃないかな?」ってぼんやりと考えていたので、

この言葉ってどういう意味なのか改めて考えてみました。

 

 

要するに、「何者かになる=特別である」ということじゃない?

 

何者かになる、ってどういうイメージですか?

 

要するに、

「他の人より、すげーことしている」

「非凡である」

「特別な存在である」

ということだと思いませんか?

 

 

イメージをつかむために、

まず想像しやすいファンタジーの世界で考えてみましょう。

 

例えば、みんな知ってるハリーポッター。

 

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主人公のハリーって、すごい「何者かになって」いるイメージじゃないですか?

だって赤ん坊の時に、超絶やばい闇の魔法使いに命を狙われてもなお、生き残った子どもだから。

そんな、宇宙一ラッキー!な子どもは、そうそういません。

ちなみに私、作者J・K・ローリングおよびハリーと誕生日が一緒なので、地味に応援してます。笑

 

あと、漫画ワンピースの主人公ルフィ。

身体がゴム性という、とんでもねえ能力を持ってますし、目が飛び出るほどの賞金首。

「何者か」になってるイメージですね。

 

 

 

それでは、現実世界ではどうですか?

 

 

例えば、イチロー。

あんなに活躍している野球選手ですし、確実に「何者かに」なってる。

 

 

または、パナソニック創立者の松下幸之助など。

H.Uedaさん(@hiroooly1)がシェアした投稿

 

「経営の神様」という異名を持ち、松下政経塾という政治塾が今でも運営され、

私も大学生の時に読んだ著書の「道をひらく」はいまでもクラシック的なベストセラーになっています。

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めっちゃ、「何者か」になってますよね。

 

 

 

逆に、(大変失礼ですけど)無名の零細企業の事務員の女性とか、

田舎の農業従事者のおじいさんとか、

「何者か」になってるイメージってありますか?

たぶん、さっきまで出していた例よりは、「何者か」感は低いのかなーって思います。

 

じゃあ、もしもその事務員さんがめっちゃくちゃタイピングが速くて、

「世界タイピングコンテスト」のチャンピオン3連覇中だったら?

じゃあ、その農家のおじいさんが育てているニンジンが3mも成長して、

世界一大きいニンジンのギネス記録を勝ち取ったら?

その2人も、急に「何者か」になった感が出てくると思います。

 

 

やっぱり、

「他の人にはないものがある」

「なにか特別なものを持ってる人」

というのが共通点なんですよね。

 

 

あれ?自分、すでに「何者か」になってるじゃん。

 

「特別である」ということが、「何者か」になるということなら、

全人類って、すでに「何者か」ですよね?

 

だって、ひとりとしてまったく同じヒトなんて存在しないし、

誰かは、誰かの特別な存在です。

 

だから、

そんなに頑張らなくても、

自分ってすでに「何者か」なんだなー。

 

確かに、裏を返せば

「自分のことを特別と思ってくれる人がいない」場合には

自分は「何者か」にはなれない、ということが言えますが、

そんな人はいないと思います。

 

自分のことを特別と思ってくれる人はいるけど、

自分が自覚してない、ということはありえますけどね。

気づいてないだけ。

 

だから、自分は産まれた時から「何者か」だし、

すぐお隣の赤の他人だって、産まれた時から「何者か」です。

事務員だって、じいちゃんだって「何者か」です。

みんな、誰かの特別な存在すなわち「何者か」です。

 

 

「何者か」になるのは、「別の人みたいになる」ことではないよ。

 

自分を特別だと思ってくれる人が、近しいところで数人いればそれだけでいい!

と思う場合は、もうそれがその人にとって120%ハッピーな人生なので、

オールオッケーだと思います。

 

いっぽう、そういう存在をもっともっと増やしたい、って思う人もいると思います。

前述の「何者か」感がすごい人たちみたいに、多くの人に認めてもらいたい・・

有名になりたい、ことを成したい、出世したい・・・とかですね。

 

その気持ち自体は、ものすごく自然なことだなと思うんですけど、

その過程で、本来の自分の性格と全然違う「何者か」になろうとしてしまって、

すごいしんどくなる人も多いのかなと思います。

 

 

「何者か」になるのって、自分の特別性があってのことだし、

自分ではない別人になる、ということではないので。

 

要は、自分が向いてることとか楽しいことをドンドン追求していけば、

自然に、いろんな人から認められる「何者か」になれるんじゃないでしょうか。

 

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