まばたきをしたら、死の床なんだろう。人生とはイマを生きることだ

瞬きをしたら、死の床なんだろう。

 

ふと、気がついたら病院のベッドの上。

自由に動かせない体を感じながら、

「ああ、今までの人生、なにがあったっけ」

そんな思いをあたまに巡らせつつ、じわり、じわりと命を終えていくんだろう。

 

 

こんなふうに死を迎える映像が、頭に浮かんでくることが小さい頃からよくあった。

わたしは26年間生きてきたけど、その26年のうち、ほとんどのことをすっかり忘れてしまっているなぁと思う。

 

 

もちろん、ここまで走ってくるなかで、ずいぶん息を切らしたこともあったような気がする。

でも、いったんこの「2018年7月30日の夜」という丘の上に立ってしまえば、その上から見渡す景色はまるで、あっさりと隣をとおって来たもののように映ってしまう。

残っているのは、「あのときは結構タイヘンだったかもしれない。」そんなぼんやりとした実感だけだ。

 

 

わたしは、この2018年6月いっぱいをもって、大学を出て新卒で入社した会社を辞めた。

2月の終わりに、ストレスで体を壊して会社を休んでから半自動的に退社が決定し、そこから一度も出社しなかった。

なので、「ついに辞めるぞ!」みたいなリアルな実感はあまりなかったように思う。

ただ、会社を辞めるという選択は、私にとっては大きすぎる岐路だった。

それは、思春期からずっと自分の価値観を支配してきた「人の期待に応える」という人生のレールから飛び降りることを意味していたからだ。

 

 

中学生の時から、先生たちに何度も何度も教えてもらった「いい大学に入って、いい会社に入る」ことが最適解。

そんな説明を本気で信じていた。

というか、信じるしかなかった。

対人関係で悩みは尽きなかったし、部活の先輩とうまくいっていない(はっきりいって、いじめられていたと思う。)のもあって、「いい大学」に入って周りを見返すことに、一種の救いを求めていたのかもしれない。

 

そのあと高校に推薦入学し、現役受験に失敗するも一浪して死ぬ気で勉強して、「いい大学」である早稲田大学に入ることができた。

大学に入ってからも「いい会社」に入るための私の自己研鑽は続き、アメリカに長期留学してゴリゴリ資格をとったり、法律ディベートサークルで選手をやったり、100名規模のボランティア団体の代表になって運営にチャレンジしたり・・。

意識高い系コミュニティの中で、ただただ「すごい!」と認められることを目標に動いていたように思う。
(まあ能力相応ではないので、うまくいかなくて失敗して、つらい言葉もいっぱいもらって、恥をかきまくったけど。)

 

正直、すべてのことがつらくてつらくて仕方がなかった。
うつになりかけたこともある。

楽しい思い出ももちろんあったけど、それ以上に「誰かの期待に応えないといけない」という強迫観念がつねに背中に張り付いていた。

常に人の目を気にしていたし、話をするときは相手にバカだと思われないようにひとしきり考えてから、やっと話した。そんな渾身の意見が認められないと、いちいち深く傷ついた。

人と会って話すことに多大なエネルギーがかかって苦痛だったので、私がゲストになる歓送迎会なのにどうしても行く気が起きず、仮病でドタキャンしたこともある。

サークルの区切りで後輩から色紙をもらっても、あなたは期待はずれだったというメッセージを見せつけられるんじゃないか?と思って、中身に目を通すことができない。4ページくらいの立派な色紙をもらったけど、本当に一度も読めていないままだ。

自分にはあれもこれも足りないと思っていたので、本屋に入るとすべての本を買い占めたい衝動にかられた。

男性関係すらも、じぶんのステータスを補完してくれるような人にしぜんと惹かれていた気がする。

 

そして就活では、自己研鑽の甲斐あり、なんだかんだ第一志望の「いい会社」に入ることに成功。

会社に入ったからにはみんなの期待に応えて、役員にまでなることが正解だと本気で信じこんだ。

でも私はかなり大雑把なので、事務作業がすこぶる苦手だった。

感情が先行し、ドライでロジカルに思考することもできない。部内の成果集計方法を根本から見直すタスクフォース数名の指示・管理役も任された。

 

でも、そもそも私の担当する役割は、毎年作業量が異常に多いことで有名だった。

やってもやっても終わらない長時間労働。連続するミス。

忙しい時期には、終電の時間が仕事終了の合図になった。

でも周りもみんなそうだったから、泣いて訴えてもむしろ冷笑され、現状は変わらなかった。

 

わたしは完全にキャパオーバー。上司も全くわたしには期待しなくなったし、イライラの矛先は「使えねーな」「チッ」など言葉となり態度となり隣から聞こえてきた。

深夜に数時間延々とグループの人の前で”指導”されることも珍しくなかったし、上長からは「上司がお前を叱る風景を見ると、ああきょうも1日が始まったなとおもう。始業の合図」と言われたことも。

 

好き放題言いやがって….

思い出すと怒りが込み上げてきて、どうしようもなくなる。

でも、仕方がなかった。その場にいる全員が、じぶんのこと、仕事のこと、そして達成させたいビジョンを守るために必死で働いていた。

怒るべきはあの場にいた人たちではなく、あの場を作った環境であり風潮だった。

 

そんなこんなで、大学時代とは比べ物にならないほどのはやさで心の消耗が進む。

職場ではとにかくいろんな場所で泣くようになる。

仕事中、耐えられなくなってトイレにこもって泣く。

体力がなくなり、救心を飲んで出社してる自分がいったい何をしたいのかわからなくなりコートを脱ぎかけたままロッカールームの壁にもたれて泣く。

昼休みに、ふらりと外に出て「仕事できない 死にたい」と検索して絶望を確認し、泣く。

上司にめちゃくちゃ怒られて帰宅後ベッドで泣く。

 

 

そんなことを繰り返していたある日曜の夜、ついに限界が訪れた。

突然吐き気と下痢が止まらなくなった。一滴も水が飲めず、体の痛みで一睡もできない。その時期も相変わらず繁忙期だったが、翌日はさすがに仕事を休んだ。

3日ほど落ち着いて休んだけど、まったく食欲と睡眠欲が戻ってこない。なんだか顔つきもちょっと違う。感情が消える。テレビが苦痛。

もしや・・?と思い心療内科に行き、抑うつの診断をもらう。

 

診断書を片手に、ぼんやりと考えた。

「何やってんだろ自分」

すべてをリセットするため、職場からの要望をいっさい無視して私は休職した。

 

 

休職中は、自分をとりもどす期間にしようと決めていろいろなことをやった。外に出ると激しく消耗するものの、やりたいと思うことはなんでもやるようにした。

その一環として、頭の整理と記録のためにブログを開始。

軽い気持ちだったけど、いざ始めたら「面白い」「書くのがうまいね」など感想をもらえた。

本当にそんなポジティブな反応は予想もしていなかったから、飛び上がるほどに嬉しかった。

 

さらに、CTIという機関の”ライフコーチング”のワークショップに参加し、「欠けている人は誰一人としていない」前提で、じぶんの全てを話せる場を作ってもらったことが人生の転機になった。

長所を認めてもらうことで自分を信じられるようにもなった。相手の全てを認める圧倒的受容。これが私の心のカギを開けた。

 

その後、人生を変えてくれたコーチングを他者に実践して、はじめて報酬として会社以外でお金をもらった。(今でも覚えている、5月4日のことだ)

控えめに言って、奇跡でも起きたかのような、信じられない嬉しさだった。ナゾの白い光で、目の前がかすんだ感覚を覚えている。

 

 

休職中、私はこう思いはじめた。

「自分が得意でやりたいことだけを敷き詰めた人生って、苦しくないんだな。」

「会社では自分をゴミだと思って死にたかったのに、今では誰かの役に立てている。人間とはここまで環境に左右されるのか。」

こんなことを、腹の底に落ちるまで感じ切った。

その感覚を信じて、わたしは会社を辞めることにした。

もちろん引き止められたけど、じぶんでもビックリするくらい意思が固かった。

 

 

こんな風に振り返ってみると、この26年間、けっこう感情のアップダウンもあったよなぁ。

でも、そこで覚えた感情なんて、砂の城が風に乗ってだんだんと無くなっていくようなものだ。

 

つらいとき、心がぐちゃぐちゃでズキズキした痛みがあった。

うれしいとき、心がしょうがなくうきうきした。

 

でも、まるで「まばたき」を一度したら、あっという間にこの瞬間にワープしてきてしまったかのような感じがする。

そんな瞬間のことはもちろん頭では覚えているけど、リアルな実感は手をすり抜けてどこかにいってしまった。

 

けっきょく、過去がどうだったか、未来がどうなるかなんて、ウジウジと考えていてもあまり意味がないことなのかもしれない。

生きている実感なんて、いまこの一瞬でしかリアルに感じることはできないのだから。

 

 

きっとあともう一度まばたきをしたら、私はあっという間に死の床にいて、ぼんやりと人生を思い出しているんだろう。

そのときに、「いろいろあったけど満足だ」そうなんとなく感じられる程度にしか、過去は意味を持たないような気がしている。

 

わたしたち、とは、今だ。今を生きている。

イマに嘘をつかない。そんな人生にしたい。

 

 

2018.7.30 誕生日前夜に、願いをこめて

 

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ABOUTこの記事をかいた人

「人類みな変人」「性は身近なもの」が座右の銘。新卒で2年間つとめた会社を辞めてブロガーになりました。セックスセラピストになるため勉強してます。趣味は今治タオルで体をふくこと。Twitter、instagramのフォローはこちらから↓