誰かをバカにして自分の心を守れる人がうらやましいと感じている

バカにできる人が羨ましい

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誰かを見下したり、決めつけたり、バカにしたりできる人をうらやましいと感じる。

世間的に正しい、と言いたいのではなくて、個人的にうらやましいと感じている。

 

誰かをバカにするのは、自分の心を守りたいから。その人に弱いところがあるから。

誰かと「あいつはバカだ」という認識を共有して、仲間になって、安心したいから。

そういう攻撃をすることで自分自身が救われている。

 

でもその人がバカにした相手や

「人を決めつけるような人なんだな、この人は」と周りにいた誰かに思われたら、

その彼らと本音を交わせる日はもうこない。

 

誰かをバカにすることは、そのバカにした相手たちと本音を交わせる関係を放棄するということだ。

 

私は、誰かがバカにしたその人が素晴らしい人だということを知っている。

ほんとうはバカにすべき人なんて誰もいないことを知っている。

そんな人たちともうお互いに心を開いて話すことはない。

私の中ではけっこう大きなことなんだけど、どうなんだろう。

 

バカにする、しないに関わらず、「放棄する」「切れる」選択をどうしてそんなに簡単に選べるんだろう。

なにか人間関係でストレスがあると、相手を分かりたい、とか、自分を分かってほしい、とか、なんで分かり合えないんだろう、

そういう思いが自分の中で渦を巻いてしまって、最終的にぜんぶ自責にむかっていくのが私の頭のクセだと思う。

 

それを、あいつがバカだからだ、で片付けてサッパリとピリオドを打てたらどんなに楽だろう。

そう考えると、バカにできる人ってすごく「うまく」生きているなと思うし、うらやましくなる。

人間関係の取捨選択がうまいのかな。切っても大丈夫、って自信があるからなのかな。

 

自分がバカにされることだってあるし、現在進行形でバカにされている人間関係もある。

(たぶんそんな人たちはこのブログを読まないと思うけど)

私は自分がバカにされていることがわかるし、ほんとうは全部気がついている。

でも心の底では分かり合えるはずという思いが消えずに、本音で話すことはもう諦め、かといって相手を退けることもできず、宙ぶらりんな向き合い方をしていることもあります。

 

物心ついた時からずっとこれについて悩んでると思うけど、唯一の解決策はじぶんに悩む時間を与えないことかなあと思う。

なにかに夢中になっていたら人のことが気にならなくなるから。

ただこれも、なにかに手当たり次第に手を出すとパンクすることがわかったので、確認できた自分のキャパをもとに本当にやりたいことをコツコツと続けていくしかないかな。

 

人間がいちどに丁寧になれる対象ってそこまで多くないから、きちんと選んでいかないといけない。

誰かをバカにする人も、たぶん人間関係のキャパがそんなにないからバカにすることで削ってるんだよね。

私は自分から切るのが苦手だから、そこは自然の摂理に任せるしかないな….。

 

少ないものに対して丁寧に時間と気力を使っていこう。

 

ということで、ブログと私の対話でした。

 

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