東日本大震災の被災体験で学んだ「大切なことは目には見えない」

お墓

 

こんにちは、なつえりです。

令和6年能登半島地震のニュースを見るたびに心が痛む毎日をおくっています。

 

石川県はブログを立ち上げた直後に1年間過ごして、

自分が「フリーランスとしてやっていこう」と決意をした思い出の土地。

 

そして能登半島の穴水町にも1ヶ月滞在したことがあり、

そこは、いまお世話になってるたくさんの仲間たちと出会った場所でもあります。

 

直接の友人たちは無事が確認できたのでホッとしましたが、

気持ちはまだ波立っています。

 

 

そして私自身が被災した、2011年3月11日に起きた

東日本大震災(通称3.11)が思い出されます。

 

結論、この地震の被災体験で、

「本当に大切なことは目に見えない」と学びました。

改めて、この機に言葉に記しておこうと思います。

 

停電・断水の被災体験

 

当時、私は大学浪人を終えて

「普通自動車免許でも取るか…」と免許合宿に参加してました。

 

ちょうど免許合宿の卒業の日で、でかいキャリーケースをがらがらと引きながら

茨城県の田舎道を歩いていました。

 

そして突如始まった、ありえないレベルの横揺れ。

「… 巨大な生き物の背中の上で、玉乗りしているみたい。」

呆然としながら、ただ揺れがおさまるのを待つしかない状況。

 

シンと静まり返ったあとで、ようやく後ろを振り向くと、

いま自分が通ってきた道に、山盛りのブロック塀が崩れていてゾッとしました。

 

なんとか父が迎えにきてくれて、車で実家まで走ります。

道がガタガタで何度も迂回したり、

レジが壊れて店内がぐちゃぐちゃになったセブンイレブンでスナック菓子を買って帰りました。

(お店を開けてくれた店長さんの心意気に感謝して、コンビニは今でもセブン派)

 

 

停電と断水により、日が落ちると真っ暗に。

地球って本当はこんなに暗かったんだと思いました。

 

水とガスがなく調理はできないので、

そのまま食べられるものでお腹を満たすか、カセットコンロで火を通します。

 

情報源はラジオをつけっぱなしにするのみ。

そしてようやく、震源地が東北だったと知れました。

 

毛布をかぶって寒さをしのぎ、いつでも逃げられるよう

庭にある仮設のプレハブ小屋で親子三人で寝泊まり。

 

…そんなふうに始まった、1週間の被災体験でした。

 

いつも見えないものが、表に出てくるのが「有事(ゆうじ)の時」

 

有事の際って、いつもは見えないものがブワッと表に出てくると痛感したんです。

なんというか、生存本能もマックスになるから、

その人間が持ってるものとか状況が最大化される感じ。

 

例えば、火事場泥棒もそう。

私も家や財産が完全にゼロになって

ギリギリの状態で家族を守ろうとしたら、火事場泥棒になるかもしれません。

 

だから断言はできないですが…

 

もしかしたら「助けて!!!」と言える繋がりが残っていれば、

火事場泥棒をやらずに済むのかもしれません。

 

 

そして、デマを流す人も。

 

日頃から注目が欲しくて欲求不満になっていたり、

ストレスが溜まりまくって人に悪意を向けてしまうとか…

有事の際には、何かしらの不満や欲が噴出してしまうのかもしれません。

 

 

 

そういう意味で、私は両親に恵まれていると思います。

 

なぜなら、緊急時に頼れる繋がりがたくさんあって、

さらに周囲が何も言わずとも手を差し伸べてくれたからです。

 

両親が日頃から、目には見えないものを

大切にして過ごしてくれていたからに他なりません。

 

 

例えば、地震の翌日には

暖をとるため、灯油をもらいに行きました。

 

小さな町なこともありますが、

ガソリンスタンドを経営する家族とウチとはもう長い付き合いで、

通常営業はせず、油の在庫が少なくなっても、融通を効かせてくれました。

 

 

断水してるので、井戸水が出るお家へ、水を分けてもらいに行きました。

ご近所さんがたくさん集まって、ポリタンクに水を溜めます。

こういう水が手動でトイレを流す時や、体を拭くときに使えるので、重宝します。

(そもそも井戸水があるって情報、事前に付き合いがないと知らないですよね)

 

 

さらに、両親が何十年も通っている焼肉屋のご夫婦が、

「冷蔵庫が止まっちゃったから」と、

わざわざお肉のブロックを持ってきてくれました。

 

常陸牛(ひたちぎゅう)という、本当に美味しい茨城の和牛です。

(ちなみに私は和牛の中で、常陸牛が断然美味しいと思ってます。笑)

 

真っ暗ななか、カセットコンロでじゅうじゅう焼いて、

サンチュで包んで食べる常陸牛はますます絶品に思えました。

有り難くて有り難くて、もう涙が出そうでした。

 

 

そして、電気が復活して福島第一原発の屋根が吹っ飛んで

メルトダウン待ったなしかも…という情報がラジオで入ったときには、

父が実家に残って家を守るので、

母と私は広島の祖父母宅へ避難しろと決断してくれました。

 

もう電車は止まってるので、

お金はいくらかかってもいいからタクシーを呼んで、

東京まで出て新幹線に乗って逃げろと。

(ここでお金に糸目をつけずに乗れたのは有り難かったです)

 

 

実家から車で出発する時、

見送りしてくれた父の姿がだんだん小さくなるのを見て

感謝と共に、「どうか父にまた会えますように」と願って

車内で母と一緒に無言で泣きました。

 

思い出すと今でも泣けてくる…

 

 

なお家には、保存のきく食料と水、そしてラジオや懐中電灯が

一式備えてあったので助かりました。

 

両親の防災意識がもともと高くて

いろいろ調べてくれたからだとは思いますが、

 

1999年に起きた、東海村JCO臨界事故(原発の事故)で

私が8歳のときに一度避難をしているので、

その教訓を活かしてくれてるのではと。

 

 

…そして、しばらく広島の祖父母宅で過ごしたあとで茨城に戻り…

ばたばたと私の大学入学の準備と東京への引っ越しもして、

私たちはあわただしく日常に戻っていきました。

 

その後私は、何事もなく大学へ通い、海外旅行や留学までさせてもらって…

震災直後で大変なこともあっただろうに、私にお金で困らせたことがない両親でした。

別にめちゃくちゃ裕福な訳ではありません。

でも、将来を見据えた経営を考えたり、学費のことも考えてくれてたからこそかなと…。

 

 

一言で言うと、「日頃からめっちゃくちゃ考えてくれてたんだな」と改めて実感しました。

 

 

有事の際に助け合える人間関係があったのも、

両親がいつも電話で知り合いとやりとりしてたり、

地域の活動を頼まれたら、ちゃんとやりきってる姿を見ていたら分かります。

 

コツコツ築いていた目に見えない信頼とか、繋がりがあったから助け合えるんだなと。

 

別に、見返りを求めてやってるんじゃなくて

「頼ってもらえるならやるか…」みたいなスタンスが多そうです。

 

 

ただでさえ自分の仕事で忙しいのに、なんで人のためにいろいろできるの?

と、母に率直に聞いてみたことがあります。

 

「今時は、もしかしたら、そんな暇はありませんって断る人も多いかもしれないけど。

でも誰かがやらないと、地域全体がカスカスになっちゃうでしょ?」

と言ってました。

 

大切なものは、目には見えない。

 

「大切なものは目には見えない」

これは、フランスの作家サン=テグジュペリの小説『星の王子さま』に登場する名言です。

 

私は星の王子さまの小説が大好きで、唯一何度も読み返している本です。

人形劇に行ったり、手帳が星の王子さま柄だったりします。笑

 

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ひねれば当たり前のように水が出る蛇口、

押せば当たり前のように電気がつくスイッチ、

学校に通えること、

雨風をしのげる建物、

生活できるように暮らせる資金づくり、

大切な人が隣で笑っていること、

約束、

誰かが誰かを陰で思いやっていること、

「暇だな」とか言いながらぼーっとしてすごせるお正月。

 

 

今年は、 “元旦から大変なことが起きた” と多くの人が騒ぎました。

一年の始まりを祝ったり、何もせずにぼーっと過ごせる平和な時間=お正月。

知らず知らずのうちに「当たり前」だと思っていた、そんな時間が尊かったんだなと。

 

 

私も今回、茨城に帰ってお墓参りをして、

ご先祖様にこんな言葉を浮かべて手を合わせました。

「何事もなく家族三人でこうして一緒に手を合わせられることに感謝します。」

 

 

もう、お線香のけむりを嗅ぎながら、たまらず涙が出ました。

動揺してお線香をお墓にブチまけてしまい、

「線香をブチまける人ってなかなかいないよね」と父から笑われました。

 

 

もう、隣で大切な人が生きて笑ってるだけで、万々歳ともいえる時代ですよね。

だから今年、私たちはもっと素直になってみませんか。

 

目に見えない部分にも意識を向けて、当たり前じゃないなって感じて過ごすこと。

だからこそ、好きな人には「好き」「大切」って伝えて過ごすこと。

これができたら心も豊かになるし、何かあったとしても後悔は減らせると思うんです。

 

 

もっと人としての器を広げたい… という自分自身への願いも込めながら、

被災体験も含めて書き記してみました。

 

あなたにとっての目に見えない「当たり前」を、

意識するきっかけになったらいいなと思います。

 

 

令和6年能登半島地震で被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

また大好きな北陸に帰って、おいしい海鮮を食べて観光しにいきます。

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つぎ、北陸に行くまで、私もますます頑張ります!

 

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